2014年7月1日火曜日

胃の中の針

アルフレッド・アドラーの本を読みました。
センター試験の科目で倫理を選択し続けている私は、ティムシェルなんていう町田選手ほどではありませんが哲学書がすきです。もっというなら哲学書を簡潔にまとめたものがすきです。存在と時間もソクラテスの弁論もパンセも読んだこたありません。私が読んだものもアドラーが書いた本ではなく、アドラーの考えを哲人と青年の対話によって書かれています。ソクラテスにとってのプラトンのように一冊の本にまとめてあり、噛み砕してあり読みやすい。「嫌われる勇気」という題名で、自己啓発本も真っ青なタイトルですが、この20年間を人から嫌われないために生きてきた私には魅惑的な文字です。
読んでみて、私のような万年夢見がちエセ少女には厳しいものばかりでした。登場する青年の言葉を借りれば針を飲み込むような作業。一方で、社会に適応していると思い込んでる成人として読むととても感じいるものがありました。青年の考えが変わるように、私の目からも鱗どころか長年ささっていた錆び付いた釘が抜ける思いでした。こんなの刺さっていて今までよく痛くなかったねという感じです。
それだけでなく、読んでいるうちに様々な感情の変化が訪れたのですが、読んだのは4月なので細かいこた忘れました。時々読み返さないと忘れてしまいそう。それくらい感情の基盤となるものが書かれています。目からも釘がぬけたり、ハンカチを食いちぎるほど噛み締めたり、脱力で思考を放棄して寝たり、実際これらのことはしてませんがそんな気分でした。
細かなこと書こうとおもいましたが、文にすると嘘くさくってなりません。嘘くさくってオーバー。でも20歳の春にこんな本読めてラッキーです。

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